今更ながらのラーメン噺 [美味礼賛?]
ラーメンブームは 戦前から在った。小津監督の『一人息子』では屋台のラーメンだった。「熱いのが ごちそうなんですよ」と不甲斐ない倅は 田舎から出てきた母親にそういって一杯のラーメンでもてなす。侘しい場面だ。そして戦後になり『お茶漬けの味』では東興園のラーメンについて若き鶴田浩二は 秘かに恋する津島恵子に粋がって 「こうゆうのは熱いのが うまいんですよ」と 言う。 外国人にはこの熱いのがラーメンの壁であったが 最近はノイズを気にせずすすりあげる方も増えている。
正直 東興園の中華そばや鶏そばが懐かしいばかりなのだが そういえば私は小津監督の映画に出逢う前から好きなラーメンがあった。 池上駅の近くにある『インディアン』と言う店がそのラーメンを彷彿とさせるわけではないのだが どうもその店でチャーシュウ麺と半カレーライスを食べていると頭の片隅に全くこの店とは違うタイプのラーメンが 脳裏に浮かんでしまうのである。
因みに『インディアン』のカレーライスは 住吉の『オリーブ』を思い出させる欧風カレーで かなりウマい。塩味のラーメンには茹でた小松菜がおいしさを増す。シナチクが白い飯のおかずになるほど良い味付けだ。というような具合で 手を尽くした立派なお店の味を堪能しながら 思い出すのが 新大久保に 今でも存在するらしい 『めとき』の洗面器ラーメン、タンメンだった。兎に角高校生の頃、 あの大量のスープ、キャベツ、もやしで最早目の前が揺らぎ始めるころに漸く せせら笑うほどの麺が待ち受けている。別に大盛りを頼んだわけではない。しかし 洗面器ラーメンという敬意の欠けたあだ名をつけて申し訳なかったと思うけれど この大盛り版を ラグビー部の誰それが平らげたとか 柔道部の何某は5分で喰えると豪語したが 泣きながら残したとか そういうどうでもいいような記憶が蘇る。 なんでだろう。 東興園で中華そばを食している時には 『めとき』のラーメンを思い出したりしたのだろうか? 『インディアン』のおいしい叉焼麺と半カレーライスセットを肥満を気にしながらひと月に一回で我慢している現在から懐かしむには 相応しくないはずなのだが。 それは 自分の十代の基礎代謝に対する愚かしい憬れなのか。
失われた基礎代謝を求めて。 それが意識の流れの正体かもしれない。
因みに 新大久保の『めとき』は 未だ頑張ってらっしゃるらしい。
お店の店主一家の住宅である普通の茶の間で食した記憶が強烈なのだ。 小説に書いているネギ焼き屋を描写していると どうしても『めとき』の三和土から伸びる心もとない木の柱や茶色い階段、手前に開く襖戸 その立てつけの悪さが映像として浮かぶ。ただ其処にはどうも 上野広小路のとんかつ屋『蓬莱屋』のあの二階が混同していそうである。
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